木村あきら

陸前高田市議会議員
木村あきら

きむらあきら

1993年8月26日生まれ 東京都板橋区出身

<略歴>
2012年  私立本郷学園高等学校卒業
2017年 慶應技術大学商学部卒業 金融のゼミに所属
2019年  慶応技術大学院システムデザインマネジメント終了
2019年〜  陸前高田市に移住、結婚(婚約者は同じく移住者。広田町内にてカフェを創業)

<取り組み>
・2015年よりチェンジメーカースタディプログラムを運営。同プログラムでは現在、累計700人が参加し、3割ほどが継続的に町に関わりを持ち続けている。移住者を15名輩出。
・4年に一度の広田町根岬部落の梯子虎舞にて、外部者として初めて神輿に参加。以降3度にわたり広田町内の祭りに神輿の担ぎ手として参加。
・2018年より現在では240名超の組織となったNPO法人SETの組織開発を行う。大学院在籍時は地方創生の先進事例である長野県小布施町にて活動
・岩手県復興局による朝日新聞DIALOGセッション参加
・2019年 自転車を使ったまちづくりの実証実験を陸前高田市で実施/市主催の「移動のユニバーサルデザインを考えるシンポジウム」登壇/県政懇談会「いわて幸せ作戦会議in大船渡」に陸前高田市代表として出席/慶應義塾大学院主催「未来のモビリティとコミュニティを考えるⅡ」登壇

<受賞歴(NPO法人SETとして)>
・ 2018年度復興大臣感謝状
・ 第7回東北みらい賞(東北みらい創りサマースクール実行委員会)
・ 2019年度復興大臣賞
・ 第13回マニフェスト大賞シティズンシップ部門最優秀賞(早稲田大学、毎日新聞共催)
・ 2019年度 明日のまち・暮らしづくり活動賞 内閣総理大臣賞 受賞

ストーリー

木村あきら

社会を良くしたい高校生

東京都板橋区出身。中学生の時に1年半アメリカのシカゴで現地の学校に通っていました。
開校以来初の日本人だったぼくは圧倒的にマイノリティ。その中で苦労したこともあったけれど、多くの方の優しさに支えていただきました。多感な時期に、さまざまな経験をさせていただいたことから、夢がプロ野球選手から「社会をよくする人」に変わりました。高校時代は日本に戻ってきました。方法もわかりませんが、「社会をよくできる人になりたい」と思い、周囲にも話していました。

木村あきら

縁のなかった陸前高田との出会い

高校3年になる春が2011年。社会を良くしたい。と思っていながら、目の前の大学受験で偏差値との勝負をするというどこか矛盾した自分がいました。
それまで東北には縁はありませんでしたが、やっと行けたのは、浪人を経て、大学一年になった2013年夏。震災から2年が経っていました。何もできなかった自分を取り戻すように、陸前高田での活動にのめり込んでいきました。

木村あきら

町は人から変わっていく。ふつうの人とふつうにまちづくりを

院も含めた6年間の大学生活で、陸前高田に通い続けました。
その時、復興の最前線にいたのは行政、建設業者だったように思います。
ぼくたち、学生は莫大な予算を動かすことも、嵩上げすることもできないけど、ふつうの大学生であるぼくが、ふつうの町のおじちゃんおばちゃんと「どうしたら町をよくできるか」と話し、小さくても行動に移す。それをやり続けました。仲間も知り合いも増えました。ほんの少しだけ、自分が通い続けた地区の雰囲気が変わった気がしました。本当に草の根の活動でしたが、本質的な気がしました。

・町は人から変わっていく
・ふつうの人とふつうにまちづくりをしたい
そのような想いで、陸前高田に移住をしてまちづくりを仕事にすることを決意しました。

また、
仲間と共にがんばったNPOの活動は2018年マニフェスト大賞シティズンシップ推進部門で最優秀賞をいただく中で、政治だからこそできることがあるのではないか。
町の人や、陸前高田でがんばる方々を応援できないか。と思い立候補。2019年9月に初当選させていただきました。

木村あきら

社会を良くしたい高校生

東京都板橋区出身。中学生の時に1年半アメリカのシカゴで現地の学校に通っていました。
開校以来初の日本人だったぼくは圧倒的にマイノリティ。その中で苦労したこともあったけれど、多くの方の優しさに支えていただきました。多感な時期に、さまざまな経験をさせていただいたことから、夢がプロ野球選手から「社会をよくする人」に変わりました。高校時代は日本に戻ってきました。方法もわかりませんが、「社会をよくできる人になりたい」と思い、周囲にも話していました。

木村あきら

縁のなかった陸前高田との出会い

高校3年になる春が2011年。社会を良くしたい。と思っていながら、目の前の大学受験で偏差値との勝負をするというどこか矛盾した自分がいました。
それまで東北には縁はありませんでしたが、やっと行けたのは、浪人を経て、大学一年になった2013年夏。震災から2年が経っていました。何もできなかった自分を取り戻すように、陸前高田での活動にのめり込んでいきました。

木村あきら

町は人から変わっていく。ふつうの人とふつうにまちづくりを

院も含めた6年間の大学生活で、陸前高田に通い続けました。
その時、復興の最前線にいたのは行政、建設業者だったように思います。
ぼくたち、学生は莫大な予算を動かすことも、嵩上げすることもできないけど、ふつうの大学生であるぼくが、ふつうの町のおじちゃんおばちゃんと「どうしたら町をよくできるか」と話し、小さくても行動に移す。それをやり続けました。仲間も知り合いも増えました。ほんの少しだけ、自分が通い続けた地区の雰囲気が変わった気がしました。本当に草の根の活動でしたが、本質的な気がしました。

・町は人から変わっていく
・ふつうの人とふつうにまちづくりをしたい
そのような想いで、陸前高田に移住をしてまちづくりを仕事にすることを決意しました。

また、
仲間と共にがんばったNPOの活動は2018年マニフェスト大賞シティズンシップ推進部門で最優秀賞をいただく中で、政治だからこそできることがあるのではないか。
町の人や、陸前高田でがんばる方々を応援できないか。と思い立候補。2019年9月に初当選させていただきました。